【事件激情】ネバダたん─“史上最も可愛い殺人者”(7)佐世保小6同級生殺人事件
Chapter7 子ども国の戦争
■バイオレンスが満ち満ちていた
ネバダは28日、復活した「ぶりっこ」コメントで「殺そうと決めた」。
そしてカッター、アイスピック、首絞め、と3通りの殺し方のどれがいいか検討。
いきなりかよ。早えよ。
きっかけの「重いー」から1日しか経ってないのに。大人が一番分からないのがここだ。
ネバダはミニバスケをやめさせられてからも黒い自分を家庭では見せていない。
でもバスケを奪った親こそ憎むべき相手のはずじゃないか。
ネバダはよくも悪くも「いい子」に育った。
小さな頃から「泣かないしおんぶもだっこもせがまない、育てやすい」子だった。仲が悪かったわけじゃない。父親は病に倒れたとき、「この子がいたから立ち直ることができた」という。親はネバダをよき娘と信じて、期待をかけていた。ネバダを一人の人間として家庭でディベートのように話し合った(大人と子どもがまともにディベートなんてできるかはともかく)。
「いい子」は、勉強やるからバスケさせてと訴えたりいやだうわーんとダダこねたり暴れたり不登校になったりのガキらしい選択肢を、たぶん知らなかった。
親の意にそむくなんて思いつきもしなかった。
だから抵抗せずにバスケを辞めた。その代わりに自分が自分でいられる場所を友だちとネットと交換日記に求めた。そして深く深くハマり込んだ。
中でもネットは大人でも簡単に依存してしまう。山の上で「暇暇暇暇」な11歳の女の子なら余計に。
ネットをうろつくうちホラーやバイオレンスにひき寄せられた。気がすさんで猛っていると、ゆるい癒し系なんかよりも死や暴力の毒素の方が心地よかったりする。だからもっともっと浴びる。もっともっと。
リアルでは教室も相変わらず無秩序で騒々しくてささくれて暴力的な匂いで噎せ返るようだ。テロ厳戒にある軍港の町も。
顔を上げたらネバダの周りはバイオレンスで満ち満ちていた。
それが大人たちを困惑させた、「殺してやる」に短絡した土壌なんじゃなかろうか。
ネバダはそれをすすんで際限なく浴び続けて、
ついに呑まれた。
この事件について、ネットに投稿したある男子中学生は、女子から激しい暴力を振るわれた自分の経験を語った。
あとでその女子は「暴力はいけないとわかっていた」「頭の中が真っ白になって考えることができなくなった」と悄然となって詫びたそうだ。
ネバタとこのバイオレンス女子の距離は遠くない。
■消し飛んだストッパー
殺意を覚えることは誰だってある。
中には具体的な殺し方まで考えて暗い笑み、ってとこまでいく人もいるだろう。
ただ、ほとんどの人はそこから先へは行かない。別のことで気を紛らして忘れる。
でも少なくとも5月28日のネバダには何もなかった。一番必要な瞬間に。
好きなバスケは奪われた(そもそもバスケがあればすさんでない)。次に好きなネットで興味があるのは暴力やホラーだ(だめじゃん)。ネ友にも苦悩をほぐしてくれる子はいなかった。
そしてリア友は…だめだ。一番の友だちが急に最大の敵になってしまった。
ネバダの友だちはこの頃すっかり少なくなっていたが、残る人間関係の大半がミタちゃんがらみだった。だからいざミタちゃんと敵対したら安心して身をゆだねられる逃げ場がもうない今やリアルにもネットにも交換日記にも敵化したミタちゃん友だちの取り合いになんてなったらはっきりすぎるほど不利ミタちゃんと戦ったらみんな失う全部なくなっちゃうなんでどこ行ってもミタちゃんがいるのなんでなのリアルでもネットでも交換日記でも全部なくなっちゃうくそくそくそくそなんでなんでなんで!
とつぜん絶体絶命の瀬戸際に立たされていることに気づいてネバダはがく然としただろう。
それを招いたのが自分の癇癪だということはすっかり忘れて。
元仲良し3人組のうちWKちゃんはまだ敵には回っていないようで、事件後もなおネバダを気づかって嘆くような子だったが、残念ながらネバダVSミタの緩衝剤にはなれなかっただろう。いやそれどころか…。
ネバダは「ミタちゃんとはわりと仲良しだったが、もっと仲のいい子が他にいた」と取り調べで話している。
ミタちゃんを“わりと”扱いしたのはネバダの意地だと思うが、“もっと仲のいい”のはWKちゃんのことだろう。
だが「女友だちが2人ならいいけど、3人だとケンカ別れ」の法則がある。3という数字は女の友情には鬼門なのだ。この年頃はその試練を最初に味わうときでもある。
事件からまもなく「背景にひどいいじめがあった」という噂がまことしやかに流れた。それもしつこく。子どもが子どもを殺す──分かりやすい動機が欲しかったからだろう。
でもミタちゃんの名誉のためにもいじめまではいってなかった。キレる暴力派ネバダはいじめ対象以前に怖がられた。恐れずに対峙したのはミタちゃんが最初で最後。しかもまだ実際には何もやってない。
でもそのときの自分で自分を追い詰めて視野狭窄なネバダにはミタちゃんこそラスボスだった。少なくともそう見えた。
担任の先生? あんなのちっとも信用できないよ。
家族もだ。ネバダは、両親にも姉にも、仲は良いのに距離感を感じていたフシがある。
いくら追い詰められてもネバダは家族には決して暴発しなかったし、ひと言も一連のトラブルを明かさなかった。
不登校という逃げ道すら選べず、精神ギリギリ状態で毎日学校にだけは行った。そしてさらに思い詰めて自ら崖っぷちへと近づいた。身の回りの空気までがじわじわ自分を締めつけてくるように感じていたのではないだろうか。
もはや己が滅びるか敵が滅びるしかない。
「ひとりで悩んでひとりで決めた」。
2人の性格、身体的変化、無秩序なクラス、友だち関係、サインを見逃す担任、ネット、交換日記、ホラーとバイオレンス趣味、ミニバスケの退部、家族関係、ケンカ、日にちの巡り合わせ──どれも即原因になるほどじゃなかった。
どれかひとつでも欠けたら事件は起きなかっただろう。
でも不幸すぎる偶然がいくつもいくつも絡み合ってかちりと嵌まった。あり得ないほどの確率でいっぺんに負の札がそろってしまう。
ストッパーも消し飛んだ。どころか加速させた。
もうネバダを止めるものはない。
■憎悪のスパイラルがぐるぐる
いや、止められる人間が、まだ一人だけいた。
ミタちゃん本人だ。
12歳の少女にそこまで期待するのは酷かもしれないけれども、もし彼女が全力で仲直りしようと努力すれば、たぶんネバダは踏みとどまっただろう。だってきっとネバダはミタちゃんと親友になりたかったんだから。
こうなったからにはもう決して親友にはなれないだろうし、距離を置いて疎遠になっていくしかなかっただろうけれども。それでもこのときの暴走だけは止められたはずだ。
だがそれもすでに無理。不幸にもあのミタちゃんですらすでに憎悪スパイラルにとらわれてしまっていた。
5月29日、土曜日──。学校は休み。
ミタちゃんは自分のHPに書いた。
「最近正直に言えないことが多い。前の方が良かった気がする」
そして「嫌いなタイプの人間」は、
しつこい、
自己中心的、
孤独をアピールする、
中でも、「失礼じゃない」と言う高慢な人が一番嫌い。
ばっさり。あ痛たたた、誰のことか明らかすぎる。ミタちゃんもスパイラルを巡る。
ネバダの一足飛びの殺意も早っだが、ミタちゃん側の敵認定も早っである。
女の友情が夢まぼろしなのは確かすぎるほど確かだが、にしてもなんなのだ、この倍速の展開は。
この挑発的な書き方からして、前日のぶりっこ書込み後さらに一戦あったんだろうか。
ネバダは「『書くのはやめて』と何度も言ったのにやめてくれなかった」と警察に話したが、やがてそれは口で言ったのではなく、掲示板に書いたにすぎないと分かった。
ああ、またしてもネットを通してだ。
激昂したネバダの「やめて」は激烈な書込み→それも「何度も」→対するミタちゃんの反応(反撃?)→敵意の応酬→以下無限。
もう引き返せない。
同じ29日、ミタちゃんはカフェスタ内の画像サークルを訪問している。絵や図など画像のつくり方のコミュニティだ。
ミタちゃんは入会を打診して、31日に正会員申し込みをした。
うーむ、これって──。
ネットに疎いミタちゃん、それまでHPに背景を貼るのでも「背景をはってくれぃっ!!(願)、張り方がわからないノデ」などとネバダに頼りきりだった。
なのに急に自分からテクを身につけようと動き出した。
つまりこれからはネバダ抜きでやっていけるように。
ミタちゃんは自分の世界からネバダを切りはなす準備を着々と進めていた。
一方、ネバダの方も準備にかかっていた。
「やっぱりカッターナイフにしよう」
たった4か月前まで、バスケで気持ちいい汗を流して、好きな詩を書いて、友だちも一緒で楽しくて笑って、とても幸せだった。
でもそれはもう思い出せないほどかすかな遠いものになってしまっていた。
──学習ルームの惨劇まであと3日。 >>(8)