【事件激情】ネバダたん─“史上最も可愛い殺人者”(6) 佐世保小6同級生殺人事件
Chapter6 スパイラル
■「お前ら全員惨殺してやるよ!」
ゴールデンウィークが明けて──。ネバダは相変わらずクラスで吼えていた。
交換日記の「NEXT」騒動もこの頃、GW明けの5月中旬に起きている。
例のHPにアップしたバトロワ外伝のアンケートもちらほらネ友からの回答が書き込まれていた。
その中の一人はとくに露悪的だ。
「お前ら全員惨殺してやるよ!
女は犯して殺す。
男は目だけ潰して数日縛って最終的に殺す」
この頃のネバダはこういうデモーニッシュな書込みをとくに喜んだ。
ちなみにこのバトロワアンケート、30人中25人が「殺し合う」を選んだ。「ひたすら隠れる」が4人、「反対」は1人だけだった。
彼らネ友たちがネバダにどんな影響を与えたか、今となっては知る術もない。みんな事件後、そそくさと退会して消えてしまったり、固く口をつぐんだままだ。
とりあえず、ミタちゃんやWKちゃん、ネ友たちとは、まずまず良好のようだった。
ネバダの心はまだ均衡を保てていた。まだ今のところ。
だが周りはどうだろう? 周りの子たちは?
そして、5月27日、木曜日──。
この日から異常な速度で事態は展開する。
たった6日間で。
■運命の6日間が始まる
5月27日から6月1日までのログはほとんどネバダの手で削除されてしまっている。
だから「供述は全部自分に都合のいいウソ。被害者をいじめっ子に仕立て上げて自分を被害者に見せかけるため。血に飢えた鬼畜殺人鬼だ」と断言してる人もいる。
そんなすっぱりきれいに世の中わり切れたらさぞ気持いいだろうな…。
さて、5月27日、木曜日──。
次の日曜は運動会。子どもたちは準備にいそしんでいただろう。
ネバダはミタちゃんたち同級生数人とじゃれ合っていた。ネバダがふざけてミタちゃんにおぶさった。ミタちゃんも笑いながら言う。
「重いーっ」
ぷちんっ。
その瞬間、ネバダの顔色が変わった。
「失礼じゃないっ!」
ミタちゃんらは驚いた。
なんで? なに怒ってるの?乗られて「重い」くらい普通言うよ。
もうその頃には珍しくもなくなってきたネバダの癇癪に見えた。ただ、どうやらミタちゃんは「NEXT」騒ぎのときと違って、謝らなかったらしい。
その場は気まずく終わっただろう。
翌日5月28日、金曜日──。
ネバダは仲良し掲示板にログインした。すると、
「!!!」
■なぜそんな悪口を?
警察はネバダの供述を確かめるため、「問題の書込み」を探したが、見つからなかった。ネバダが掲示板から削除していた。
「いい子ぶってる」「ぶりっこ」
と書いてあった。書いたのはミタちゃんだった。
ぶりっこ、はネバダの急所だったかもしれない。粗暴になり、グロ絵やグロ文やグロ小説を吐き出していたが、家族や先生の前では「いい子」に踏みとどまっていた。
ネバダはもともと愚かではない、知的な子だ。だからそんな自分のハンパさカッコ悪さも認識してただろう。
だから一番言われたくない悪口だった。ぶりっこは。
それをよりによってミタちゃんが言った。友だちだと信じてたミタちゃんが!
なんで!? なんでだくそっ!
それと「気にしてる“身体的特徴”も書かれた」という。つまり「太った」とか「デブ」とかだろう。
はたしてミタちゃんが本当は何をどう書き込んだのかはもはや永遠の謎だ。いずれにせよ憤怒中のネバダは「太った」のをバカにされたと読み取った。
どうもミタちゃんという子は、悪気なく軽快かつキツめのツッコミをするキャラだったようだ。それは「裏表がない」と表裏一体だったりするのだが。
交換日記でもネバダのイラストにぽんぽんツッコミを入れていたが、けっこうキツめなときもあった。たとえばネバダの描いた浴衣の女子を「厚化粧ね」。厚化粧ではなくネバダの画力のなさゆえにゴテゴテになってたんだが…。こんなときネバダはネバダにもかかわらず媚びめな返事をしている。ネバダなりに頑張って迎合してたんだろう。
もしかして28日のミタちゃんの書込みもいつものぽんぽんがなかったか。面と向かってならともかくネットだし、それに怒ってる真っ最中の書き込みだ。
ネバダは怒りにまかせて、ぶりっこ書込みを削除した。(2人はHP開設のときにIDとパスワードを交換していた)
するとミタちゃんが再び同じことを書き込んだ。「ぶりっこ」
でもミタちゃんはなぜそんな悪口を書いたんだろう?
たしか健全で大らかで争いもしない子だったはずなのに。なんだかミタちゃんらしくないじゃないか?
「いやだから、ぜんぶ加害少女のウソなんだ。HPに細工してニセのコメントを書き込んだんだ。自分が有利になるようにして──」
えーと、うるさいからちょっと黙っててくれないか。
さて、そこであの年5月当時の佐世保の状況だ。
■親しくまだ幼い2人だからこそ…
イラク派兵。現地でテロ。4月に日本人人質事件。世論は「自己責任」と人質を叩いた。佐世保の米軍も自衛隊も、アルカイダの自爆テロを警戒してずっとピリピリしていた。
基地のピリピリは町の気分にも伝染していたかもしれない。大人の過半数が基地関連で働いてるんだから。町のピリピリは小学校にいる子どもたちにまで伝わっていたかもしれない。…まああくまで妄想だが。
ミタちゃんは「NEXT」騒動のときは謝ってことをおさめたものの、「絵文字じゃないし、パクりじゃないんじゃ」ともプチ反論している。
すすんで争いはしないが、筋が通らなければ言うことは言う性格だ。でもまあ基本的に気がいい子だし、とくに4月の2人は蜜月状態だったから、多少のカチンっくらい我慢もした。
でもGWが明けて5月になってから、NEXT一件はじめカチンっがいくつか続いたかもだ。ネバダが気づかなかっただけで。
その我慢が、木曜日の「失礼じゃないっ」でキレた。ネバダもキレたが、ミタちゃんもキレた。
自己チューもいい加減にしなよ!!
もう少し年が上の少女なら、ひょっとしたら友だちの怒りと孤独の深さを敏感に見抜けたかもだ。怒りをおさめて仲直りしようとしたかもだ。それとも利口にフェードアウトしたかもだ。かもだばかりだが。
でもミタちゃんはやはり12歳の小6だった。大人になりかけ。分かってるようで分かってない。
それにみんなすっかり忘れちゃってるが、ミタちゃんだって「親の都合で家事を手伝うため」に好きなミニバスケを辞めたんだ。退部をなかなか切り出せなくて、お父さんと一緒に言いに行ったけどそれでもどうしても言えなくて、しかたなくお父さんが代わりに電話して告げたんだ。それぐらいつらかったんだ。
ネバダだけが悲劇のヒロインじゃないのだ。ミタちゃんの方が多少タフでウジウジもしなかっただけだ。ミタちゃんだっていろいろあったんだ!
だから真っ向から受けて立ってしまった。だからぶつけた。前々から内心思ってたけど心におさめていた言葉「ぶりっこ」を。
ちょっとだけ言いすぎたかもしれない。でもそれを消された。信頼してネバダに渡してたパスワードで。
身に覚えがないだろうか。「パソコンで憎しみが増幅する」。
──「フレーミング現象」というらしい。メールや掲示板では、声も口調も、表情も身ぶりも見えない。目の前にあるのはテキストだけ。そこでは書いた言葉は曲解され、悪くとられる。あとは脊髄反射な敵意の応酬、憎悪のスパイラル。
この現象、「顔見知りなら起こりにくい」と言われてきた。でも2人はまだ幼くて顔見知りだったからこそ逆に起きた。
彼女らは、親しすぎるほど顔見知りで、なのに子どもだからフレームの向こうの生きている相手を慮って伝えかたをセーブする余裕も経験もなかった。小学校ではIT教育(役所的にはICTらしい)が始まっていたが、PCやネットの操作テクは教えても、自己防衛やネットマナーはお留守だった。
それにしてもこの2人の場合、憎しみ増幅の速度が早すぎた…。
ネットに油断なく目を走らせていたネバダは、また「ぶりっこ」書込みが復活しているのに気づいた。
ぷちぷちぷちぷちッ。
「ぶっ殺してやるっ。
この世から
いなくなって
しまえ!」
──学習ルームの惨劇まであと4日。 >>(7)