【事件激情】その男、K。─秋葉原通り魔事件 #07

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        「事件前の秋葉原は、歩行者天国とか、
   いろいろあったけど、楽しくてすてきな街でした」
              ──公判で証言した目撃者
   

   
  

エリートな人たち

  
2007年11月、

マイキー総務省の外郭団体「財団法人 地域創造のボランティアスタッフになって、地方に派遣される音楽家たちのアシスタントコーディネーターとして全国各地を飛び回った。
   
さらに11月12日から始まる「日銀・地下金庫展」にも参加する。

地下金庫展は、自ら油絵を描いたりするいとこおじさん@日銀副総裁の変わった発案によるもので、日銀東京藝大の共催というこれまた対極的な変わったカップリングで、
日銀の地下金庫を開放、そこで演奏会や展覧会をやる、というやっぱり変わった趣向だった。マイキー自身も音響デザインの部で参加した。
  
エリートぞろいの一族の中でも、いとこおじさん財務事務次官にして日銀副総裁という出世頭。日本の金融を取り仕切った大物だった。

このいとこおじさんが大物すぎて、事件後にマイキーは“勝ち組のプリンセス”に押し上げられてしまうのだが。
  

ところで、マイキーは忙しい中、恋愛面も充実させていた。
本場欧州留学も決まって将来を嘱望された先輩@音楽家の卵

その先輩@彼氏と、音環科の期待の星マイキーとのカップリングは、まあやはりスーパーな人はスーパーな人と惹き合うのだな、である。
  
何事にも意欲的なマイキーは、アートマネジメント専門のポータルサイト「ネットTAM」キャリアバンクメンバーズにも登録した。

このネットTAMを社会貢献として運営しているのは、
   
トヨタ自動車だった。
   

要塞都市の朝

    
トヨタ自動車の子会社、関東自動車工業・東富士工場に送り込まれた。
  
東京で製造業派遣大手の日研総業で派遣登録して、自ら志望して送り込まれたんである。
  
あれ?デジャブ?と思う人もいるかもだ。日研総業といえば、埼玉でがバックレてクビになった派遣会社ではないか。いかに違う営業所だったとはいえ、ブラックリストにも載らず、あっさり再登録できたことはのちのち大いに問題視された。日研総業は、の出身大学がどこかさえ把握してなかった。


静岡県裾野市。文字どおり富士山の裾野に東富士工場はある。

BGMは「スター・ウォーズ 帝国軍行進曲」
   
まさに山間に築かれた自動車帝国の要塞。
   

は例によって“社宅”という名の賃貸マンションの一室をあてがわれた。
   

朝5時30分日研総業の手配したバスが市内の“社宅”を回って派遣社員を積み込む。
  
6時に工場に着く。6時半には始業。
  
の配属されたのは、塗装を肉眼で点検する工程。

10分のトイレ休憩と45分の食事以外は、ずっと8時間立ち詰め。何時間もじいーっと塗装面を見つめてわずかなムラとかホコリを探してると目がちかちかくらくらしてくる。
広大な工場内で、それぞれの持ち場は数十メートル離れてるし、休憩時間だってみんな疲れてるしで会話なんてまったくない。
   
それでもは同じ派遣仲間何人かと仲良くなった。は物静かな「ポーカーフェイス」で感情を滅多に出さなかったけども、派遣仲間の後輩くんたちからしたら年下への面倒見がよくて頭もよくて(中学時代の名残り)頼れるアニキだった。

麻雀や飲み会でよく遊んだ。富士スピードウェイや平塚サーキットにも行ってカートで競争したりもした。はとてつもなく速かった。
「前は、GT-Rに乗ってたんだよね」
と得意そうだった。

          ↓GT-R

例によってカラオケに行くと、またまた誰も知らんアニソン熱唱

「おれ、2Dしか興味ないから」
「生身の女の人は裏切るけど、アニメのキャラは裏切らないから」
 

はこの時点で、ロリコンオタクを演じようとしていた。「いっそ真性2Dオタクになれたら、彼女が欲しくなくなるかも」と思って。
   
でもはやっぱり非実在少女」ではなく、実在女の人が恋しい。
  
実際、ケータイの掲示板で、

 04/09 05:28
  私も「アニメやエロゲーがあれば幸せ」
  という人種ならよかったのですけれど、
  不幸なことに現実に興味があるのです
と洩らしたり。
  
「あの人、タイプなんだよね」と、つい同じ職場の年上女子(もちろん生身)ラブを口走ったり、
派遣仲間に「そろそろ3Dに落ち着かないとヤバイ。というわけで誰か紹介してくれ。背が小さくてアニメ声で、巫女さんの衣装が似合う子がいい」なんて頼んだり。

なんだか徹し切れない
  
真性オタク宣言しても後輩くんたちのへのアニキ認定は変わらなかった。それだけ慕われていた。というのも大した話で、のちの「孤独」「一人」のカキコを連発する同じ人間とは思えない。
   
はたまーに、身の上話をちらちらした。最初は「親が借金を重ねるから、青森から飛んだ。ろくでもねえオヤジだ…」なんてことを言ってたが、
そのうち言うことが変わって、
「事故して廃車になった車のローンが残ってて。自動車会社とイザコザがあって納得できなかったし、家賃も滞納していたし、両方踏み倒してきた。いなくなるときは何も言わないで飛ぶから」←こっちがホントの話だろう。たぶん。
  
テレビでは、

経団連会長御手洗冨士夫が、盟友のコンサルタント脱税逮捕、大分工場建設でのゼネコンからの裏金、またぞろ蒸し返される偽装請負問題が追求されまくりで、ムキー(憤)となっていた。
   
でもたちはニュースでチラ見する偉い人の話が自分たちに関係あるとすら思っていない。(間もなく大ありになるのだが…)
  

今朝も、たちはバスで工場へと運ばれていく。
  
バスの行き先、工場の向こうにはトヨタ東富士研究所がある。

そこでは2002年から参戦していたF1や最先端技術やエンジン開発が行われていた。
  
ひょっとしたら自分がそこでバリバリ設計なんぞしつつエリートしてたりエンジニアしてたもしれない輝ける場所
は何を思って毎朝毎朝それを見ていたんだろう。
   

アキバ・ザ・バビロン

  

2008年3月──、
  
「アキバ好き」も演じた。オタクならアキバだし。
「案内してやろう」と後輩くんたちを連れて秋葉原へ。「月2回はアキバに行くんだ」
アキバの象徴メイドカフェにも入った。
  

お帰りなさいませご主人様
あれ、バグが。
 
「へえー」と感心するというか絶句する後輩くんに、は得意そうに言った。
「まあ、こんなもんですよ」
  

この頃のアキバ──、


もはや爛熟期というか、熟した果実のように腐る寸前の噎せ返るほど甘く濃厚な匂いをむんむん発していた。

「会いに行けるアイドル」として秋元康が売り出した大部屋型アイドルAKB48が、秋葉原ドンキホーテの専用ホールでほぼ日ライブをせっせと開いて、AKB商法なんて批判されつつ、こつこつファンを増やしていた。

こまかすぎてどれがなんだか


ていうかおまえら誰だよ
  
硬派でごりごりのPC専門店が店をたたむ一方で、メイドカフェやアニヲタゲーヲタ向けの店がどっと増え。ホコ天は、アマドルや地下ドルやアマバンやレイヤーの路上ライブにパフォーマンス、

それに群がるカメコ、ローアングラー、それをさらに見物に来る一般の野次馬、それ目当てのビラ配りのメイドたち、さらにそれを眺めにやって来る国内外の観光客。


アキバは東京随一、いや日本随一の観光名所と化していた。
 
人が集まるところ、邪気をも引き寄せる。
  
オタク狩り──中学生高校生のオタクくんたちが恐喝される事件が勃発。

メイド狩り──ビラ配りしてたメイドが胸モミされたりスカートに手を入れられたりの事件。

ハルヒダンス。本官さんが来るまでに踊り切れるか

警察の目を盗んでヲタ芸する「ハルヒダンス」「らきすたダンス」も続出。どんどん人数も増える。
   

お揃いのアニメTシャツできめてバイクでぶいぶい現われ、なぜかハルヒダンスを踊るヲタ系バイカ“アニヲタ珍走団
エアガン乱射を人ごみでやらかす女装コスプレ集団も現われ、警察とのイタチごっこが続いた。
    
きわめつけは、自称グラビアアイドル・22歳(自称)

パンツもろ見え開脚ポーズしまくりパフォーマンスでカメコが殺到。テレビ局もやたら取り上げて、本人すっかりアイドル気分に。
警察がさんざ厳重注意しても何度もやってきて開脚してるので、4月、ついに東京都迷惑行為防止条例違反で逮捕。自称22歳じつは30歳でした、なんてオチつきだった。
  
アキバ──ものすごく楽しいことが起きててそこに居合わせてる、と誰もがうかれてる祝祭装置。多重分裂するカオス。

  
いつしか、
誰かが誰ともなしにつぶやくようになった。
  
この街はいきすぎてしまったような。
  
今に、きっと何かが起こるんじゃ?
  

スーパー就活生マイキー

  
マイキーは4年生になった。就活の年である。

彼女ならなんでも選べただろうが、大学院や留学でなく就職を選んだ。少しでも早く第一線で経験を積み、一般の人の声が聞こえる場所にいたかったんだろう。
  
就活でもマイキーマイキーぶり発揮。

面接で将来の夢を聞かれると、
「音楽を身近な芸術として広める活動をしたいと思います」
と熱く語った。面接官も圧倒される勢いで。
  
応募時に提出したレポート──、

彼女が“音楽環境”に感じていた危機感というか、もどかしさが伝わってくる。
   
“なぜ日本人はもっと身近に『芸術』を楽しむことができないのだろうか”

“日本人が本来持って生まれているはずの『芸術』に親しむ心は、これから取り戻すことができるだろうか”
  
  

のカキコ──、
   
 05/12 0:56
  好きな音楽はとくにありません

  マンガも特にみません 小説も読みません
  テレビを見ていたりしても興味を持つものがないのです 
  
  私、病気ですか? 
  
  基地外ですか基地外なんですね
  
  

▽2008.
▽ 05.12

▼ 06.08
  
【つづく】> #08「ラストチャンス」
  
[参考文献]
閾ペディアことのは 秋葉原通り魔事件掲示板書き込み


  
【事件激情】