【事件激情】借りてきた「絶望」。──《肆》

ゴスロリカップルと殺女子高生


自壊する彼氏、優等生継続中の桃寿


彼氏桃寿と付き合うようになってから大学にも行かなくなり、あまり家にも帰らなくなった。
でも、桃寿はというと、とくに無断欠席もなく毎日学校へ行き、さして問題もない礼儀正しい優等生として生活していた。


露骨に壊れていく彼氏と、そつなく陰陽パラレルな生活を送り続ける桃寿


男脳と女脳、というのが今ちょっと再ブームっぽいが、そのなかで、
男はひとつのことしか考えられない、女は同時に複数のことを考えられる」
男は解決しなければと思う、女は話せば解消する」

これが科学的に正しいかどうかはともかく、
なんだか彼氏桃寿が浮かんでしまう。


この事件で彼氏が通称すらつけられず桃寿の彼氏」でしかないのは、なにも犯罪ウォッチャーが「女尊男卑」だからだけではない。それもかなりあるが。
彼氏は主役になれず、ただあおられて動く「眠り男」でしかなかった。


甘美なる心中には家族は邪魔者

そして10月上旬──。
2人は闇と死と血に憧れるゴスロリカップルが行き着く正しき結末を見出す。

甘美なる心中。
それもなぜか家族皆殺しもセット。


2人だけで暮らしたい。お金がないから2人どちらかの家で暮らそう。
すると家族は邪魔。
だから殺してしまおう。


2人はいちゃいちゃデートを兼ねて計画を練ったり、メールで打ち合せしたりした。
ハロウィーンの前後にやろう」
決行は10月31日深夜と決まった。
桃寿が学校を長く休むとすぐ気づかれるからだ。翌1日が桃寿の学校の創立記念日で休み。それから3連休になるから露見が少しでも遅れるはずだ。

それぞれ包丁を手に入れて決行当日まで家に隠す。そして31日の深夜になったら、それぞれの家族をみんな殺してしまう。
そして2人きりでしばらく暮らす。遺体のある家でもいいから。
そのあとで一緒に死のう。



──なんじゃそりゃ。


いい年こいた2人で知恵を出し合ったとは思えないずさんな計画だ。ずさん以前になんなのだこのくだらない思いつきは。彼氏はともかく桃寿、頭いいんじゃないのか。


彼氏もとくに家族とモメたわけではない。その殺意らしいものも「おかしい、病院に行きたいと相談したら、あほか、と言われた」という些細杉ることだ。
たぶん大学生活に慣れずふさいだのと風邪薬の大量摂取でちょっとばかり脳がイッちゃってたんだろう。のち部屋から大量に飲んだ様子の咳止め錠剤が見つかった。


でも心中したいなら2人だけで死ねばいいのに、どうして家族も殺すのが前提なのか。「デコくっつけていちゃついてる」ときの2人の空間ではしごく理屈は通っていた。
2人きりで暮らすのに家族は邪魔だから。

なら駆け落ちとかしてどこかで心中するまで暮らせばいいじゃないか。いやそれは駄目。自分の部屋は居心地がいいし、お金もない。
だから家族は邪魔。


もともと彼氏「一度決めたことはやり遂げなければならない」という偏執的なとこがあって、
さらに唯一の理解者の桃寿「家族殺しと耽美心中」なんてアホなアイデアをいさめるどころか、全面的に受け入れて横で眼をきらきら輝かせている。
今さら引けなくなった。


彼氏眠れなくなった。事件直前の何日か、母親に「眠れない」としきりに訴えている。母親は不眠解消法をいくつかアドバイスしたが、彼氏は「恩着せがましい」となぜか憤怒。ますます殺意を固めることになった。


さて桃寿はというと──、家族殺しの意味をまったく現実味をもって考えてなかった。家族はまあウザいけど、でも嫌いってほどじゃないし殺すほど切羽詰まってないんだから。
でも彼氏と一緒に手をたずさえて大変なことを成し遂げる自分イメージに陶酔した。だからとめなかった。


桃寿は近所のホームセンターに包丁を買いに行ったが見つからず、しかたなく100円ショップで100円の包丁を買った(100円かよ)。それを自室の勉強机に隠した。


彼を信じてその日は従うつもり。でもリアルにやるかというと、あんまり実感がない。桃寿の脳内ではその矛盾は無問題で両立していた。自殺願望もそこはほれ自殺をロマンティックにシミュレーションしてるだけだ。たぶん中学のときの自殺未遂もそんな感じだったんだろう。
たぶん脳内では自分たちの起こす殺人や心中の光景も少女コミックのように、血とか傷とか気持ち悪いものは曖昧な感じに変換されていただろう。

彼氏をとめないことが、リアルで何を意味するかピンとこないし、大して考えなかった。だって素敵だから。


とめないんだから計画はどんどん進んでしまう。

「あれは単なる創作で、虚構です」


事件前の3日間、2人は桃寿の家の近くの公園で延々と話し込んでいた。密談だったかもしれないがゴスロリ姿だからやたら目立った。
計画──。
まず彼氏が自宅で決行する。そのあと桃寿も決行。女の子一人の手に余るだろうから彼氏も駆けつけて手伝う。

事件の数日前、彼氏は友だちに「俺たち、結婚したんだ」と得意げに言った。「向こうの親は反対したけど、婚姻届を押しつけて判を押させた」

桃寿も事件前日10月31日、クラスメイトに結婚する」とはにかみながら打ち明けた。「彼氏が大学を卒業したら」

もう2人言ってることズレてるし、しかもウソだし。


それにしても、あれだけ世間や家族というものにゴスやゴスロリまで駆使して反撥してたにもかかわらず、2人が最後まで「家」とか「結婚」とかに執着し続けてたのは皮肉なもんだ。


31日夕方6時──。
富田林駅で一緒にいる2人を桃寿の友だちが見かけている。このときが最終打合せだったんだろう。


深夜──。

彼氏は、予定通り河内長野市の自宅で待機していた。
そこへ桃寿からメールが届いた。
「一緒に死にたい」
決行のときは来た。


11月1日、午前1時30分──。
彼氏は包丁を手に、まず1階の母親がいる台所へと向かった。






午前2時30分──。
通報で会社員宅に急行した救急隊員は、1階で血まみれで倒れている会社員の妻@43歳を見つけた。2階では会社員@46歳次男@14歳がやはりを流していた。
1階で凶器の包丁が見つかった。
長男は兇行のあと、父親の軽自動車に乗って逃げていた。


母親は首と腹を切られて重体。2階の次男は物音に目を醒し寝床で震えているところを襲われ、顔や腹を刺されて重傷。駆けつけて長男を止めようと争った父親も腹を刺されたが、長男を廊下に追い出してカギをかけ、2人とも殺されずに済んだ。

母親は病院に運ばれたが、1時間後に死んだ。
次男は左目を失明した。


軽自動車で逃げた彼氏は、桃寿の家の方角へと向かうと、彼女を近くのコンビニに呼び出した。

桃寿はさっそくサイトに、
「往ってきます」
「捜さないで下さい その方が幸せだから」
という締めくくりの言葉をアップ、「刻」と題した思わせぶりな詩もアップした。それから、
「平成拾五年拾壱月二日を以て 以下文章の著作権を放棄致します」
と記した。

それからゴスロリの黒いコートを身につけ、着替えを詰めたバッグを手にいそいそと“下界”へと下る道をコンビニへと向かった。近くといってもずいぶん歩くのだ。
彼氏は軽自動車で待っていた。予定と違った。バイクで来るはずなのに。

「失敗した」
「え…」
「母親はあかんやろ。でも親父と弟はやれんかった」


やりそこねた。警察が来る。もうどちらの家でも暮らすのは無理だ。一緒に逃げよう。

でも手持ちの金は、彼氏がとっさに持ち出してきた母親の財布の9000円しかない。これっぽっちでは大して遠くへ逃げられない。

彼氏「家に戻る」と言い出した。今頃きっと父親と弟は母親について病院へ行って家は無人だろう。堂々と入って逃走資金を手に入れればいい。

彼氏は、まだいまいち事態をのみ込めない様子の桃寿を軽自動車に押し込むと、元来た河内長野市めざして走り出した。


浅はかとしか言いようがない。“凶悪犯”の軽自動車はとっくに近隣全域に手配されていた。


1日、午前3時15分──。
市内の旧国道にのこのこ現われたところで、あっさり警察の非常線に引っかかり、あっという間に2人の軽自動車はパトカーの一群に包囲された。

桃寿は警官を前にしても“きょとんとした”ままだった。



逮捕後──、

弁護士からWebサイトの異様な内容について尋ねられて、桃寿は心外そうに答えた。

「あれは単なる創作で、虚構です。内面の表現なんかじゃありません。あれだけ見ると、変な人だと思うでしょうね」。





追記/桃寿のサイト画像(黒地)は現存のミラーサイトのもので、削除されたオリジナル(白地)とは雰囲気がずいぶんと違う。オリジ画面を一部見つけたので貼っておく。
  


  
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