【事件激情】借りてきた「絶望」。──【參】

ゴスロリカップルと殺女子高生

「やべー めっちゃ楽しいっす」


ゴスロリ彼氏@18歳。
通称すらないので他に呼びようがない。

ゴスロリ彼氏桃寿@16歳幼なじみだ。母親同士が学生時代の友だちだった。



彼氏は「放送機材を扱う仕事がしたい」芸術系大学に在籍していた。
でも始まってまもない学生生活はうまくいってなかった。


彼もまたゴスロリ(ゴスだったという話もあり)だった。

男のゴスロリは、

ダークサイドに入っちゃった宝塚というか、ヒラヒラだ。もちろん基調は黒。
ちっとパンク寄りで鎖とかレザーを多用する男子もいるし、女子と同じメンズ用スカートでキメる子もいる。

もしゴスだとすると、ゴスロリからヒラヒラと柔な装飾を外してレザージャケットとか鎖とか十字架とかになるんだが。

ゴスはこんなかんじ。

失礼しました。別の地獄方面の方でした。

こんなのとか。

まあシザーハンズと思っとけばそう外れてない。

そんな格好、いかに美術系の大学構内でも浮くだろう。周りものどかな田園だし。
彼は大学内のゴスグループ(芸大だから少しはいるのだ)に加わってて構内を黒ぐろとねり歩いていた。


もともと彼は「目立たない大人しい子」だった。真面目すぎる、と思う人もいた。中学では剣道部に所属してたのでもやしっ子というわけではなかったろうけど。

真面目で大人しくてそして閉じている子はゴスや精神系の闇めいた世界に引き寄せられやすい。

高校時代からすでにそっち系に踏み入っていたようで、お定まりのように、ホラー、オカルト、犯罪実録本や猟奇殺人、殺人術の本などを買い集めたり、その手の海外サイトを泳ぎ回っていた。殺人事件の話をしては「おれなら完全犯罪にできる」と悦にいったりしていた。


手に包帯を巻いて同級生に「切った。血はきれいや」と自慢したり、「風邪薬の成分は麻薬と同じ効き目があるんや」大量の風邪薬を持ち歩いてメモった成分表を見せびらかしたりした。


まあなんつーか、アングラ気取りの病みアピール君? 正直いって相手するのが面倒くさくて疲れるタイプだ。

彼の母親もさすがに妙だと感じてたらしく、事件直前、近所の人に、「私の仕事が忙しくてかまってやれなかった。ふさぎ込んでいる」「ちょっと不安定みたいで心配」とこぼしている。


まだ桃寿が中3だった1月、彼女のサイトの掲示板に彼が、
「死ぬ前に殺したい人間リストをつくった」
とか
「高校最後の授業で、リストカット吐血を強行致しました」
とか
「風邪薬を通常の三倍ほど飲んで床につきました」
なんて“武勇伝”を誇り、桃寿はそれに好意的に返信したりして、なかなか波長が合ってたようだ。

でも、2人が恋人という関係になるのは、それぞれ恋人と別れてまもない9月事件の2か月前だった。


ちなみに前回で触れ忘れたけれど、桃寿の好きなブランドは、サイトのプロフィールによりますれば、

Innocent Worldは甘ーいロリータ系で、MA/MAMはロリータパンクや和ゴスだったりするし、逆にアリスアウアアなんて16歳でかなり背伸びだったんじゃなかろうか。というかなんかバラバラだな桃寿の好みって。


そんな2人が親しくなる。運命だ──と2人は感じた。

「“死にたい”と自分酔いしてただけ」


桃寿はクラスメイトに、
「私のことを本当に理解してくれる彼氏ができた。今まで知っていた男の人と全然違う」
とはしゃいだ。
「プロポーズされたけど結婚は社会人になってからの方がいいかなあ」
サイトの日記にも「やべー めっちゃ楽しいっす」「幸せやーそんだけー」ゴスロリにあるまじき平均的のろけを書いている。


そんな風に最初はまーありがちカップとしてスタートしたんだが、だんだん変なことになっていく。



ゴスロリ仕様の2人は人目もはばからず、というか見せびらかすように大学構内や駅やバス停やミスドでべたべたしていた。抱き合うわキスをするわ。
何度もそれを見かけた中学の同窓生たちが「なんか異様やった」と辟易するどっぷり2人ワールド。

もともとマイノリティで孤高もステイタスだったりもするから、2人がこれみよがしに閉じていくのもまあ当然といえば当然だった。周りはといえばやや呆れて遠巻きにしていた。


2人が常連だったゴスロリ専門ショップの店員は、

リスカしてる子も店に来るけど、自傷行為にあこがれてる子が多いよ。あの“彼氏”『死にたい』とか言ってたけど、そういう自分酔いしてただけ」(毎日新聞より)
ばっさり。でもこの身もふたもない言葉こそが、この2人を一番的確に説明していると思う。


ここで欧米を持ち出すのも嫌味だけれども、アメリカのゴスっ子の多くは社会的敗者だ。トレーラーハウスで暮らすホワイトトラッシュで、親は生活保護でアル中で、家ではDV、学校ではジョック(体育会系)に小突き回され、かといって勉強もできないからお先真っ暗。(さいきんはジョックが大喜びでゴスロックのライブに行ったり、シャバい化も進んでるらしいが)

そんな絶望と比べたら、桃寿彼氏の絶望なんて、はっきりいって絶望萌え、満たされし者どものぜいたく病でしかない。

そんな2人が、「アナタだけなの」状態で会うほどに相乗効果的にダークサイドへとはまっていく。桃寿のサイト日記も女子らしい恋バナが消えて、またもや陰々滅々が増えていった。

彼氏年上だし大学生だから、ふつうなら高1の桃寿より世界も顔も広いし、いちおうは同じゴスかゴスロリ趣味の友だちもちょっといる。だから彼女の狭い世界を広げられる存在のはずだった。
でもそうはならなかった。

どころか逆になった、彼氏の方が年下の桃寿、というか彼女のまとう世界にからめとられてしまった(桃寿本人はそんな意識もなかったろうけれども)


大きな役割をはたしたのがたぶん桃寿サイトだ。
彼氏はあんまり創造的な素養がなかったんだろう。名状しがたいもやもやを抱えていた彼氏は、桃寿のこねあげた世界(なんちゃって椎名林檎なんだが)の断片を共有して、
オレの絶望はこれだ、
って感じにはまり込んでしまった。
しかもいつもそばにいるのは、その作り手にしてイメージを補完するヤンデレキャラ桃寿だ。


年上の恋人なのにちょっと情けない。というかゴスというまぎらわしい飾りを取り外せば、
彼氏はただのだめんずだ。

「昭和といえばボンカレー


恋人のせいでおかしなことになったのは桃寿だって同じだったし、べつに彼女が「殺せ」と命じたわけでもない。

彼女自身は本気で家族排除なんて考えてない。

たしかに桃寿はサイトのプロフィールでこそ、両親を「もう大嫌いです 許しません」、父親を「うるさい(声が)」、母親を「うざい(触るな)」と罵っている。

でもそれでいてリアルでは母親と流行りの“一卵性母娘”よろしく一緒に映画やカラオケ行ったり買い物したりして「楽しかった」ゴスロリにあるまじき感想も書いている。

桃寿の親は、娘の風変わりな嗜好に寛大で理解ある態度をとっていた。娘が優等生と両立できてたのも大いにあるだろうが。とくに母親は自らもゴスロリ寄りのブランドを買ってきたりしたらしい。桃寿的には「親にそこ理解されたら困るんだけど」という気分で少々やりにくかったろう。

親への憎悪は、10代の少女がデフォルトとしていだく分を差し引けば、じつは本人がサイトで表現するほどじゃなかった。
でもゴスロリだしリスカだから少しばかり誇張してそう書いた。「家族と仲良し!みんな大好き!」じゃ世界じゃないしアホっぽいから。で、そう書くうちにそんな気分になってきた。親うざいっ。

桃寿が仮想世界で増幅させた憎悪とリアルとやや違う、でも彼女内ではとくに矛盾なく両立してたのだ。


彼氏と付き合うようになってから、桃寿は日記に「生まれる星を間違えた」とか「この世界に向いていない」「この世じゃ真の幸せなんて見つからないよ」などとしきりと絶望めいて嘆いてるが、

一方で、桃寿はこんなことも書いてる。
堤幸彦監督のTRICKを、
おもろ。」「大っ好きなのよ。堤監督ってスゴイね(笑)。上田教授相変わらず良すぎ〜。」
クレヨンしんちゃんのモーレツ大人帝国」には、
神田川。同棲時代。昭和ニズム。今のままの歳で過ごしてみたいと、ふと。んでもPCないのは辛いなぁ。もっと都合のいい時代はないのかね。昭和といえば、ボンカレー

んーまるで普通のお利口めな女子高生ではないか。「おもろ。」と「昭和といえばボンカレー」のどこにも死や闇や深淵はありゃしない。
しかもこの日記、書かれたのは事件当日にごくごく近いんである。


もうひとつ、サイトの「801 完全女性向 週間少年飛躍系 妄想小説」を開いてみますれば、漫画「ワンピース」男子キャラ同士がくんずほぐれつ──


やおいかよ!!


で、プロフィールをもう一度見ると、
「(好きな)アーティスト」で、マリリン・マンソンやそっち系よりなにより一番前にあるのが、




ちがうだろ。





そこはそうじゃないだろ桃寿



あのゴスロリで尊敬するのは連続殺人鬼でリスカで絶望な桃寿像、それは偏差値高めの脳でちょい背伸び気味に演出されたもので、

彼女の本当の素顔は、

T.M.Revolutionが好きで、『TRICK』の脱力ギャグにころころ笑って、「クレヨンしんちゃん」に「昭和いいかも〜」と素直に感動して、やおいな二次小説書いてムフフしてる、
ごくごく等身大の16歳女子なんじゃないのか。

イライラや不満はあっただろう。でも絶望なんて言うほどしていない。
サイトにある暗黒界な言葉も厭世観も、どこかから借りてきて味つけしただけだ。で、その借りてきた絶望に酔っていた。

でも、それはべつに悪いことじゃない。むしろ表現を通して脳内のマグマをあふれないよう昇華できてんだからある意味正しいのだ。たぶん桃寿は徐々にそうした自分の立ち方を体得しつつあった。

でも彼氏の方はそんなに器用じゃない。本気だった。
というか桃寿の世界と付き合うことで勝手に溺れて勝手に追い込まれて本気になるしかなくなってしまった。


【肆】2人だけの耽美なる結末 >